前章(第3章)で、慢性腰痛の鍵が画像に映らない「脳機能の不調」や「全身のバランスの乱れ」にあることを解説しました。現代科学が解明する遥か以前から、この**「全身のバランス」と「機能的な不調」を体系的に捉え、治療してきたのが東洋医学**です。東洋医学は、人間の健康を、生命エネルギーである「氣(き)」「血(けつ)」「水(すい)」の流れとバランスによって捉えるホリスティックな医学です。

本章では、腰痛を「気・血・水」の流れや「五臓六腑」といった独自の視点から解き明かし、全身の繋がりを整えることで痛みを根本から改善に導く、東洋医学の深い知恵に迫ります。

不通則痛(ふつうそくつう)」と「不栄則痛(ふえいそくつう)」は、東洋医学における痛みの原因を説明する基本的な概念です。痛みの原因を大きく二つに分けて捉える考え方です。腰痛の原因をこの二つの柱である、気の流れと血の巡りの視点か見ていきましょう。

1.不通則痛(ふつうそくつう)

  • 通じざれば、すなわち痛む」という意味です。これは、東洋医学でいう体内の(生命エネルギー)、(血液)、(体液)の流れが滞ることによって痛みが生じる、という考え方です。
  • 原因としては、ストレス寒さ湿気外傷食生活の偏りなどにより、気・血・水の巡りが妨げられること(気滞瘀血などの状態)。
  • 痛みの特徴:
    • 急性の痛み強い痛みが多い。
    • 刺すような痛みや、張って重苦しい痛みなど、痛む場所がはっきりしていることが多い。
    • 温めたり動かしたりすると楽になることがある。

2.不栄則痛(ふえいそくつう)

  • 栄えざれば、すなわち痛む」という意味です。これは、体を構成し、活動のエネルギー源となる気や血が不足し、筋肉や組織に栄養が行き渡らないことによって痛みが生じる、という考え方です。
  • 原因としては、老化体力の衰え虚弱体質慢性病などにより、気や血が不足すること(気虚血虚などの状態)。
  • 痛みの特徴:
    • 慢性的な痛み鈍い痛みが多い。
    • だるい重いしびれるような痛み、または空虚感を伴う痛み。
    • 休んだり温めたりすると楽になり、動くと痛みが増すことが多い。

東洋医学では、痛みが生じた際、その性質や状態から「不通則痛」(滞り)によるものか、「不栄則痛」(不足)によるものかを判断します。そして、それぞれ**「滞りを改善する(通す)」か、「不足を補う(栄えさせる)」**という根本的な方法で治療を行います。

3.「腎の府」としての腰:臓腑と腰痛の関連性

「腰は腎の府」とは

  • 腎(じん)の概念: 東洋医学でいう「腎」は、西洋医学の腎臓の機能だけでなく、生命エネルギーである「精(せい)」を蓄え、人の成長・発育・生殖・老化に深く関わる、非常に重要な臓腑を指します。骨、髄(脳や脊髄を含む)、髪、耳とも関連し、体内の水液代謝にも関与します。
  • 府(ふ)の意味: 「府」には、「集まる場所」「居場所」「蔵」といった意味があります。
  • 「腰は腎の府」: 古典に「腰は腎の府なり」とあり、これは**腰が「腎の気が多く集まる場所」「腎の機能が最も現れやすい場所」**であることを示しています。このことから、腰痛、特に慢性的な腰や足腰の衰えは、腎の機能の衰え(腎虚)と密接に関連していると考えられます

臓腑と腰痛の関連性

東洋医学では、腰痛を単なる局所の問題として捉えるのではなく、体全体のバランス、特に「腎」のほか「肝(かん)」「脾(ひ)」などの五臓六腑の失調や、「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」の滞り(滞りや過不足)が原因となって発症すると考えます。

  • 【最も重要な関連】腎(じん)と腰痛
    • 腎の機能: 骨を主り、精を蓄え、足腰を温め、成長・老化に関わる。
    • 腎虚(じんきょ)による腰痛:
      • 特徴: 慢性的な腰の重だるさ、脱力感、特に休むと軽減するが疲れで悪化する。加齢や過労、体質虚弱などで腎の精が不足し、腰を養えなくなるために生じやすい。この「腎虚」が引き起こす疲労や衰えを伴う腰痛こそ、西洋医学的な画像検査で原因が特定されにくい「非特異的腰痛」の重要な要素であると考えられます。
      • 随伴症状: 足腰のだるさ、物忘れ、耳鳴り、頻尿、白髪、むくみ、精力減退など、全身の衰えの症状を伴うことが多い。
      • 腎虚はさらに、体を温める力(腎陽)の不足による腎陽虚(冷えが顕著)と、体を潤す力(腎陰)の不足による腎陰虚(ほてり、のぼせが顕著)に分けられます。
  • 肝(かん)と腰痛
    • 肝の機能: 筋(すじ)を主り、血(けつ)を蔵し、気の流れをスムーズにする。
    • 関連: 肝の機能が失調すると、筋を養う**肝血(かんけつ)が不足したり、気の流れが滞って血瘀(けつお)**を生じ、腰部の筋や経絡の通りが悪くなり腰痛となる。
    • 特徴: 刺すような激しい痛み、痛む場所が一定(血瘀)、夜間に痛みが悪化しやすい。
  • 脾(ひ)と腰痛
    • 脾の機能: 飲食物の消化吸収(運化)を行い、水液代謝にも関わる。
    • 関連: 脾の機能低下により水液代謝が悪くなると、体内に余分な「湿(しつ)」や「水(すい)」が溜まり、それが腰部の気血の流れを阻害して腰痛となる。
    • 特徴: 腰が重だるく痛む、身体が重い、むくみやすい、天候(特に湿気)により悪化しやすい(水湿(すいしつ))。

4.東洋医学的な腰痛の分類(治療の視点)

東洋医学では、腰痛を単に腎虚だけでなく、その原因や痛みの性質によっていくつかのタイプに分けて治療します。

  • 腎虚(じんきょ): 慢性的な重だるい痛み。加齢や過労、虚弱体質が原因。
  • 寒湿(かんしつ): 寒い日や冷えで悪化する鈍痛。重だるさを伴い、温めると楽になる。
  • 湿熱(しつねつ): 熱感や腫れを伴う痛み。熱が加わることで炎症が強くなる。
  • 血瘀(けつお): 刺すような激しい痛みで、痛む場所が固定。外傷や気の滞り、冷えが長期化した結果、血の流れが滞ったもの。
  • 気滞(きたい): ストレスなどで気の巡りが悪くなり、張るような痛み。痛みが移動したり、気分に左右されたりする。

このように東洋医学では、「腰は腎の府」という視点から、腰痛を腎の衰えと深く結びつけ、さらに全身の臓腑や気血水のバランスの乱れとして捉え、その人の体質や病態に応じた根本的な治療(漢方薬、鍼灸など)を行います。

5.外からの影響:邪気と瘀血が引き起こす痛みと慢性化

東洋医学では、自然環境の変化風、寒、湿など)が人体に悪影響を及ぼす**「邪気(じゃき)」となり、腰痛をはじめとする様々な不調を引き起こすと考えます。例えば、日本の梅雨時や雨天時に腰が重く、だるくなるのは「湿邪(しつじゃ)」の影響であり、冷えが加わることで悪化する痛みは「寒邪(かんじゃ)」**によるものだと捉えられます。

多くの人が経験する「雨の日に古傷が痛む」という現象は、単なる気のせいではなく、このように自然環境と身体の関連を重視する東洋医学的な背景があったのです。これらの邪気の影響を長期間受けたり、体内に留まったりすると、気の巡りや身体の血液循環が滞る**「瘀血(おけつ)」という病態を生じ**、痛みがより慢性化する原因となります。

詳しく知りたいかへ

上記の文章で触れた「邪気」と「瘀血」は、東洋医学が慢性の痛みを捉える上での鍵となる概念です。ここで、邪気と瘀血について少しだけ深く述べてみます。

邪気(六淫):自然界からの病原体

東洋医学において、環境要因は**「六淫(りくいん)」として風・寒・暑・湿・燥・火の六つに分類されます。これらが身体の抵抗力(正気)**を上回り、病的な影響を及ぼすときに「邪気」となります。

湿邪(しつじゃ)と寒邪(かんじゃ)の複合

特に腰痛や古傷の痛みで重要なのが、梅雨の時期の湿邪と、冷えによる寒邪です。

  • 湿邪は「重く、ねばりつく」性質を持ち、身体に停滞すると重だるさむくみを引き起こし、気(エネルギー)と血の巡りを邪魔します。
  • 寒邪は「収縮させる」性質を持ち、血管や筋肉を緊張させて血流を一層悪化させ、激しい痛み関節のこわばりを引き起こします。
  • 「雨の日に古傷が痛む」のは、湿邪による巡りの悪さと、寒邪による収縮・停滞が古傷の部位で同時に起こるためと考えられます。

瘀血(おけつ):慢性痛の最終段階

東洋医学では、**「不通則痛(ふつうそくつう)」(通じざれば則ち痛む)**という原則があります。これは、気や血の流れが滞ると痛みが発生するという考え方です。

邪気の影響により、気(エネルギー)と血(血液)の巡りが悪化した状態が長期化し、最終的に病的な血液の滞りとして固定されたものが瘀血です。

瘀血が腰部や関節に生じると、痛みは**「刺すような鋭い痛み」や「痛む場所が固定されている痛み」、または「夜間に悪化する痛み」として現れることが多く、慢性の腰痛へと移行します。つまり、東洋医学では邪気の侵入から始まり、気血の停滞を経て瘀血**へと進むプロセスこそが、慢性的な痛みを生み出す主要なメカニズムだと捉えられているのです。

この邪気 → 気血の滞り → 瘀血 → 慢性化というプロセスは、東洋医学が慢性的な腰痛を捉える上で非常に重要な視点です。

邪気の分類特徴関連症状(腰痛以外)
風邪(ふうじゃ)動きが速く、変化しやすい。「百病の長(ひゃくびょうのちょう)」とも呼ばれる。痛みがあちこち移動する、風邪の初期症状(くしゃみ、鼻水)
寒邪(かんじゃ)冷やす性質、収縮させる性質がある。激しい痛み、関節が固まる、震え
湿邪(しつじゃ)重く、ねばりつく性質。停滞しやすく、病が長引きやすい。身体の重だるさ、むくみ、関節の腫れ、消化不良
燥邪(そうじゃ)乾燥させる性質がある。皮膚の乾燥、空咳、便秘
暑邪(しょじゃ)炎上する性質、熱を帯びる。体力を消耗させる。高熱、大量の発汗、強い喉の渇き(夏季限定)

6.東洋医学における体質別腰痛タイプと対策

東洋医学では、個人の体質や症状の現れ方に応じて腰痛をタイプ分けし、それぞれに適した治療を行います。ここでは特に中医学の分類が説明しやすいので以下にまとめます。

寒湿(かんしつ)

  • 原因(病邪・体質):寒邪(冷え)、湿邪(湿気)が経絡に侵入
  • 主な症状の傾向:重だるく、冷えると痛みが増す。温めると楽になる。動きが制限さ れ、雨の日などに悪化しやすい。
  • 推奨される経絡・経穴(ツボ):腎経、膀胱経、督脈、腎兪気海兪委中大腸兪
  • 推奨される漢方薬(例)麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)など

湿熱(しつねつ)

  • 原因(病邪・体質):湿邪と熱邪(炎症や熱感)が経絡に停滞
  • 主な症状の傾向:熱感や灼熱感を伴う痛み。重だるい。発赤や腫れを伴うこともある。排尿障害などを伴うことも。
  • 推奨される経絡・経穴(ツボ):膀胱経、肝経、委中陰陵泉太衝
  • 推奨される漢方薬(例)五苓散(ごれいさん)に清熱薬などを加える、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)など

瘀血(おけつ)

  • 原因(病邪・体質):瘀血(血の滞り)による気血の循環不良
  • 主な症状の傾向:痛む場所が固定し、刺すような激しい痛み。夜間や安静時に痛みが強くなる傾向。外傷歴があることも。
  • 推奨される経絡・経穴(ツボ):膀胱経、督脈、委中血海膈兪
  • 推奨される漢方薬(例)疎経活血湯(そけいかっけつとう)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)など

腎虚(じんきょ)

  • 原因(病邪・体質):腎の精(生命エネルギー)の衰え(加齢、過労など)
  • 主な症状の傾向:だるく、重く、力のない痛み。慢性化しやすく、過労時に悪化する。足腰が弱り、耳鳴り、頻尿、夜間尿などを伴うことも。
  • 推奨される経絡・経穴(ツボ):腎経、督脈、腎兪太谿関元命門
  • 推奨される漢方薬(例)八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)など

気滞腰痛(きたいようつう)

  • 原因(病邪・体質):気の巡りの停滞(ストレスなど)
  • 主な症状の傾向:痛む場所が移動したり、張るような痛み。精神的ストレスやイライラで悪化し、リラックスすると軽減することが多い。
  • 推奨される経絡・経穴(ツボ):肝経、胆経、太衝期門陽陵泉
  • 推奨される漢方薬(例)逍遙散(しょうようさん)など

主に係る経絡

腰痛では主に「腎経」「膀胱経」「督脈」「肝経」などが関わると判断される事が多いです。

代表的な経穴(ツボ)

経穴(ツボ)は患部近くの局所のツボと関連する遠隔のツボの両方を組み合わせて使うことが多いです。

  • 局所のツボ(一例)
    • 腎兪(じんゆ)
    • 大腸兪(だいちょうゆ)
    • 志室(ししつ)
    • 委中(いちゅう)
    • 環跳(かんちょう)
    • 次髎(じりょう)
    • 腰陽関(こしようかん)
    • 命門(めいもん)
    • 帯脈(たいみゃく)など
  • 遠隔のツボ(一例)
    • 太谿(たいけい)
    • 崑崙(こんろん)
    • 太衝(たいしょう)など。

このように東洋医学では、「腰は腎の府」という視点から、腰痛を腎の衰えと深く結びつけ、さらに全身の臓腑や気血水のバランスの乱れとして捉え、その人の体質や病態に応じた根本的な治療(漢方薬、鍼灸など)を行います。


次回の第5章では、今回解説した東洋医学の深い知恵と、第2章で触れた西洋医学的な**「痛みの科学」を融合させながら、当院が提供する「鍼灸」や「あん摩マッサージ指圧」**といった具体的な治療法が、あなたの腰痛にどのように作用し、根本的な改善へと導くのかを、**科学的根拠(エビデンス)**に基づき深く掘り下げて解説します。

お読みいただきありがとうございました。

【シリーズ目次】治らない腰痛を解決するために、この6つの真実を知ってください

  • 第1章国民病「腰痛」のパズルを解くなぜあなたの痛みは治らないのか?
  • 第2章西洋医学が解き明かす腰痛のメカニズム:解剖生理学の視点
  • 第3章見過ごされがちな真実:心理学的側面と慢性腰痛
  • 第4章腰痛を全体でとらえる:東洋医学の深い知恵
  • 第5章鍼灸、あん摩指圧マッサージ:科学と伝統に基ずく総合的な治療メカニズム
  • 第6章統合医療の優位性と鍼灸、あん摩指圧マッサージの役割

慢性腰痛の根本解決を目指す方は、お気軽にご相談・ご予約ください。

【ご予約・お問い合わせはこちら】 さいとう鍼灸整骨院 ☎045-975-0332

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