前章(第2章)で解説した通り、画像検査で「異常なし」とされる非特異的腰痛(約85%)の存在を示しました。本章では、この「異常なしの壁」**を越える鍵、すなわち多くの人が見過ごしがちな「心と脳」が慢性腰痛に与える衝撃的な影響について深く掘り下げます。

1. ストレスと腰痛の知られざる関係

慢性腰痛の背景には、身体的な問題だけでなく、心理的なストレスが深く関与していることが近年の研究で明らかになっています。私たちの体には、過剰な痛みを抑制する「下行性疼痛抑制系」と呼ばれる仕組みが備わっています。しかし、過剰なストレスは、この機能の低下を招き、腰痛を治りづらくする原因となります。

多くの人が「気の持ちようだ」「気のせいだ」と思いがちな「心と体のつながり」は、今や脳の機能や神経の働きといった最新科学的なメカニズムに基づいた事実として認識されています。

2. 慢性腰痛と心のつながり「腰と脳機能の不具合」という新しい概念

ストレスや不安といった心理的な要因が腰痛に影響を与えることは、現在科学的にも広く認知されています。心と体は密接につながっており、精神的な負担が身体の痛みとして現れる事があります。

  • ストレスと筋肉の緊張: ストレスを感じると、私たちの体は無意識のうちに防御姿勢をとります。これは、自律神経の一つである交感神経が活発になることで、筋肉が緊張して硬くなるためです。特に腰や肩は、この影響を受けやすく、慢性的な筋肉の緊張が腰痛や肩こりを引き起こす原因になります。
  • 痛みの増幅(知覚の変化): 心理的なストレスは、痛みの感じ方を増幅させることがあります。不安やうつ状態にあると、本来であれば耐えられる程度の痛みが、より強く感じられてしまう事があります。

「脳機能の不具合」という視点

明確な原因が特定できない非特異性腰痛の一部は、心理的ストレスが引き起こす「脳機能の不具合」によるという見方があります。この「不具合」は、MRIや血液検査などの標準的な医療検査では捉えられない、機能的かつ慢性的な「未病」の状態を指しています。

心理的ストレスが脳機能の不具合を誘発すると、その結果として「身体に現れるストレス反応」が起こります。具体的には、心理的ストレスが脳を介して筋肉の血流不足を強め、腰痛や肩こりとして現れる機序が指摘されています。

これらの事実は、腰痛が単なる「気の持ちよう」ではなく、心と体の相互作用によって生じる複雑な病態であることを示しています。

3.「慢性腰痛の鍵」恐怖回避思考がもたらす悪循環のステップ

腰痛に対する過剰な不安や恐怖から、「痛いから動かない」「腰をかばいすぎる」といった行動をとるパターンは「恐怖回避思考(Fear-Avoidance Belief)」と呼ばれ、腰痛の回復を妨げる最大の敵となります。

この思考は、痛みを恐れて活動を制限することで、筋力柔軟性の低下を招き、結果として腰痛をさらに悪化させる**悪循環(負のスパイラル)を生み出します。この「動かないことによる悪化」という心理的な側面を理解し、不安や恐怖を乗り越えて適切な運動や日常生活に戻ることが、根本的な改善と再発防止には不可欠です。

以下のステップで悪循環は進行します。

  1. 痛みの誇張・破局的思考(Catastrophizing)
    強い腰痛を経験すると、「この痛みは深刻な損傷のサインだ」「一生治らないかもしれない」「動くと必ず悪化する」といった、現実を超えてネガティブに誇張された考え方(破局的思考)に陥ります。これは一種の思考の暴走です。
  2. 痛みへの恐怖(Pain-Related Fear)
    破局的思考の結果、「動くこと」や「特定の動作」が痛みを引き起こす、あるいは再損傷につながるという強い恐怖を抱くようになります。これにより、日常生活のあらゆる場面で「動くこと」自体が脅威と感じられます。
  3. 恐怖回避行動(Fear-Avoidance Behavior)
    この恐怖心から、痛みを避けるために活動を必要以上に制限したり、特定の動きを過剰に避ける行動をとります。これが**「恐怖回避行動」です。

例: ウォーキング、家事、仕事、趣味など、以前できていた活動を完全に止める**、または極端に減らす。

  1. 活動量の低下と身体機能の衰え(Deconditioning)
    活動量が減ることで、腰を支える筋力や柔軟性が急速に低下します。これは**「廃用症候群」**の一種で、全身の体力も衰えてしまいます。さらに、血行不良なども起こりやすくなり、痛みを感知しやすい状態が作られます。
  2. 痛みの増幅と悪循環の完成
    筋力・柔軟性の低下は、結果として腰への負担を増やし、わずかな動きでも強い痛みを感じやすくします。また、活動の制限は社会的な孤立感や無力感・抑うつ状態を引き起こし、痛みの感覚を心理的にさらに増幅させます。

このように、「動かない筋力が落ちるさらに痛みやすくなる」という負のスパイラルが完成し、慢性的な腰痛へと移行します。

腰痛に対する恐怖回避思考は、一時的な保護という本来の役割を超えて、慢性的な痛み生活の深刻な障害へとつながる負のスパイラルを生み出してしてしまう事があります。

悪循環を断ち切るためには、痛みの脅威や恐怖を乗り越えて活動量を増やしていくことが極めて重要です。信頼できる専門家の指導のもと、治療やリハビリ、日常生活の見直しを進めることが、改善への近道になると思います。

悪循環から抜け出すためには、医師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、理学療法士、心理士などの信頼できる専門家による多角的な指導のもと、痛みの脅威や恐怖を乗り越えて活動量を増やしていくことが重要です。

本章では、MRIやレントゲンでは「異常なし」とされる慢性腰痛の根底に、心理的ストレスや恐怖回避思考によって引き起こされる「脳機能の不調」が潜んでいることを解説しました。つまり、画像には映らない**「全身のバランスの乱れ」**こそが、痛みを長引かせる鍵なのです。

しかし、この「機能的な不調」を、現代科学が解明するより遥か以前、何千年も前から全体論的に捉え、治療してきた医学があります。それが次章で深く掘り下げる**「東洋医学」**です。次回の第4章では、腰痛を「気・血・水」や「五臓六腑」といった独自の視点で捉え、全身の繋がりを整えることで痛みを根本から改善に導く、東洋医学の深い知恵に迫ります。

お読みいただきありがとうございました。

【シリーズ目次】治らない腰痛を解決するために、この6つの真実を知ってください

  • 第1章国民病「腰痛」のパズルを解くなぜあなたの痛みは治らないのか?
  • 第2章西洋医学が解き明かす腰痛のメカニズム:解剖生理学の視点
  • 第3章見過ごされがちな真実:心理学的側面と慢性腰痛
  • 第4章腰痛を全体でとらえる:東洋医学の深い知恵
  • 第5章鍼灸、あん摩指圧マッサージ:科学と伝統に基ずく総合的な治療メカニズム
  • 第6章統合医療の優位性と鍼灸、あん摩指圧マッサージの役割

慢性腰痛の根本解決を目指す方は、お気軽にご相談・ご予約ください。

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